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その後。。。 


ジャズの件ではメールやmixiやFacebookのメッセージを通して
慰めや心温まる言葉をかけてくださりありがとうございます。

ジャズが去ってからの最初の24時間はとても辛いものでした。
玄関のドアの前、旦那のオフィスのソファの前、キッチン
アイランドの横、パントリーのドアの前、私の部屋の
ドアの前、そして彼女が永眠についた私たちの寝室のドアの
すぐ横などジャズのお気に入りスポットのどこにも彼女の姿が
見られないのがあまりにも悲しくて涙が溢れてくる状態でした。
いつもだったらこうしてブログを書いている時にふと振り向くと
ドアのところで寝そべって私を見ているジャズがいたのに。。。

ここから先は自分の覚え書きも兼ねて長くなるので、もし
お時間や興味のある方は読んでくださいね。ただし内容的に
涙をそそると思うのでティッシュの準備は忘れずに。



ガンの可能性があるとの診断を受け、余年はあと1年くらいで
長くても2009年内には天命を全うするだろうと獣医さんから
言われたのが約2年前の事。生まれつきhip dysplasia(股関節
形成不全)を患っていたのですが、生活に支障が出る程のものでは
なく、また経済的にも無理だったため手術はしないままでした。
それ以外にもライム病の持病もあったため、私たちの中では
10年生きてくれれば長生きだと思っていたので、みんなの予想を
遥かに上回り14年間も頑張ってくれたのはまさに大往生でした。

この2年の間にも何度か調子が悪くなった事もあったのですが
その度に「もしかして今度こそ」と心の準備をする私たちを
欺くかのように回復していたジャズ。連休明けに獣医さんに連れて
行った時に体重が去年の定期検診の時よりも12パウンドも激減して
いた事、ガンである事はほぼ間違いなく後何日か何週間かは
分からないけれどもう時間の問題だと言われた事、そして今回は
今まで以上に衰退していたしガンである事を裏付ける症状もあった
ためにある程度の覚悟はしていたのですが、それでも心のどこかで
また持ち直すのではないかという淡い期待も抱いてました。

獣医さんからは食事を受け付けなくなる、もしくは自力でトイレに
行けなくなり排泄物まみれになる時が決断の時だと言われてました。
月曜の朝は食事は受け付けなかったものの、トイレは自力で
行けたのでまだ後もう少し大丈夫かなと思ってました。その後
夜になるまでに家の中で2回程の粗相があり、夕食も受け付け
なかったけれど、
私の中では何となく食事を受け付けなくなる
のが3日位続いてから決断を下すというのが流れなのかなと
思い込んでいたので、とりあえずは翌朝の様子次第で考えれば
いいかと油断していました。また一晩寝れば元気が出てトイレにも
行けるかもしれないしなんて甘い考えも抱いていたし。。。

月曜の夕食後、旦那はソフトボールの練習に行き、私は自分の
部屋で普段のようにメールやブログを読んだりしてました。

8時半過ぎに何気にふとキッチンへ行くとリビングルームとの
境あたりに小さなウンコが転がっていたので「あらあら、また
おもらししちゃったのね」と思って片付けながらふとジャズの方に
目をやると、寝室のドアのすぐ横のブランケットの上で横になって
寝そべっていました。ここ数ヶ月はガンによる腹部の肥大の
関係でずっと寝そべる時は腹這いになっていたので、「あら
横になって寝そべってるなんて珍しいわね」と思ったその瞬間
とっさに何かいつもと様子が違うという事に気づきました。

ジャズはまるで微笑んでいるかのような穏やかな表情で虚空を
見つめていました。でも開いた口から吐息は漏れておらず。。。
一瞬「え?嘘でしょ?まさかそんな訳ないよね」と思って
手を体に当てるとまだ温もりは残っているものの呼吸を確認
する事は出来ませんでした。その時点でパニック状態に陥り
ながらも携帯で旦那に電話をかけ半狂乱で泣き叫びました。
そんな私を見たポーボーイがまず吠え始め、それに釣られて
ベニエも一緒に吠えてました。ハーシーは大人しかったけど。
旦那はソフトボールの練習を終えてもう家のすぐ側まで来て
いたので、私が電話口で泣き叫んでいる間に家に入って来て
うるさいキッズ+ハーシーを庭に出してくれました。

人間、本当に悲しい時には涙が出ないってどこかで聞いた記憶が
あったけどそれって本当なんだなって実感しました。悲しさの
あまり泣き叫んではいても涙が出てこなかったんです。

もしかしたら火曜には決断を下さなければならない可能性が
あったので、月曜の夜はジャズを私たちの寝室で一晩過ごさせる
予定だったのにそれすらも出来なかった。。。月曜の昼間に
ジャズを撫でている時に写真を撮ろうかなとも思ったけど
また明日にすればいいやと撮らなかったのも後悔先に立たず。
そんな事が色々と頭の中を巡っている状態でした。

不幸中の幸いで我が家の近所には獣医のERがあって夜間でも
営業しているのでそこに連絡し火葬の手配をお願いしました。
私の精神状態が少し落ち着くまでしばらくジャズの側に座って
過ごし、それからERへ連れて行き最後のお別れをしました。

月曜の夜は寝付きも悪かったし、火曜の朝は早く目覚めました。
火曜の夜は友達とディナーの約束も入っていたんだけど
もちろん行ける状態でなく、ただ一日中泣いて過ごしました。

昨日はだいぶ落ち着いてきたのと、ポーボーイが去勢手術を
受けて来てだだっ子状態だったのでその世話に追われて
気も紛れてあまり泣かずにすみました。ただ午後になってER
から遺灰が戻ってきたとの連絡があり、旦那が取りに行って
戻って来た時に箱の大きさを見てちょっぴりショックでした。
あんなに大きな子だったのがこんなに小さな箱に収まって
しまったけど、私たちの元に帰って来てくれてよかった。
夜寝る前にその箱を胸に抱きちょっとだけ涙しました。

子供の頃に飼っていた犬が大学時代に天国に召された時には
「もっと遊んであげればよかった」とか「あの時にこうして
あげておけばよかった」など後悔の気持ちで一杯でしたが
今回に限っては不思議とそれ程悔いがないように思います。
それはジャズが私たちと一緒に幸せな14年間を過ごせた事と
私たちが能う限りの愛情を注ぎ出来る限りの事をすべてして
あげれたという事の裏付けなのかもしれません。それと
私たちの決断ではなく彼女自身の意志で最後を迎えてくれた
のもまた心に悔いが残らなかった理由ではないかと思います。

遺灰をどうするか色々と悩んではいるのですが、ジャズは
生まれはバージニアだけどこの家で過ごした時間が一番長いし
この地で土に帰してあげるのがベストだろうという事で
裏庭の桜の木の下、もしくは家の前に小さな花壇を作って
そこに撒いてあげようかと考えています。

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[ 2010/06/10 12:28 ] | トラックバック(-) | コメント(-)








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