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Who is this handsome man? 


このハンサムな男性は一体何処の何方?

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(今日も話が長いので、お時間のある方はどうぞお付き合いくださいな)



答えは旦那のグランパ(祖父)Alの若かりし頃の姿。

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↑はグランマ(祖母)Sybilと一緒の一枚。多分かれこれ10年近く前の写真。

昨日3月11日はグランパの一周忌でした。昨年2月15日未明に
神のところへ召されたグランマの後追いをするように天国へと
旅立ったグランパ。あれからもう一年も経つだなんて信じがたい。

いつかは書きたいと思っていたグランマとグランパの事。
血縁関係のない義理の祖父母ではあったけれど、一年経った今でも
思い出すだけで目頭が熱くなるほど私にとって大切な人たちでした。

私の母方の祖父母は私の生前に既に他界していたし、父方の
方の祖父は小学1年の時に他界しました。祖母は健在だけれども
それ程親密な付き合いがある訳ではないので、実の祖父母より
付き合いの深かったグランマとグランパはある意味私にとっては
実の祖父母以上と言っても過言ではない存在でした。

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自宅の裏庭での一枚。いつもこんな風に仲良しでした。

私が二人に初めて会ったのは、旦那の婚約者としてルイジアナに
連れて行かれた15年前の12月。第二次大戦を戦ったグランパに
日本人の私が孫として受け入れてもらえるのかどうかという
不安は「Welcome to our family!」という言葉と心から歓迎
してくれているのが感じ取られる温かいハグで一気にかき消された
のを今でも覚えています。そして好奇心一杯のグランマからは
質問攻めにあって答えるのに四苦八苦したのもまたいい想い出。

小さい頃に両親が離婚し、ほとんど父親の関与なしに育った
旦那と兄弟姉妹にとってグランパは父親同様の存在でした。
私と出会うまでは、旦那にとってグランパはこの世で一番
大切な人、グランマが二番目、そして旦那ママが三番目という
順序だった程、旦那にとってはかけがえのない人だったのです。

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3年前のクリスマス。これが旦那とグランパが一緒に撮った最後の写真。

結婚して10年以上、グランパが亡くなった時に私は初めて
旦那が泣く姿を見ました。それも大声をあげての男泣き。
以前からずっと旦那が「お前が俺の泣く姿を見るのは
グランパが亡くなった時だろう」と予測していた通りでした。

よく「男性は自分の母親のような女性と結婚する」と耳にしますが
旦那は「俺は母親じゃなくグランマと結婚した」と言います。
旦那ママには悪いけど、私はこれを最高の褒め言葉だと思ってます。

「グランパの事だったら小説の一冊や二冊なんて簡単に書ける」と
旦那が言うように
書きたい事はまだまだたくさんあるけれど
上手く文章にまとまらないのでこの辺で終わりにします。


たった十数年の間だったけど、私はグランマとグランパという
素晴らしい人たちに巡り会い一緒に時間を過ごせて幸せでした。
二人がいないこの世は寂しい場所になってしまったけれど
きっと天から私たちを見守ってくれているのだと信じています。

とりとめのない私の走り書きにお付き合いくださった皆さん
どうもありがとうございました。私たちの寂しさが癒されるまで
にはどうやらまだまだ時間がかかりそうな感じです。。。

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[ 2009/03/12 11:52 ] | トラックバック(-) | コメント(-)








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